世界が倍になった日
体に意識を向ける、ということについて
ロルフィング1回目!
ロルフィングお試し
ロルファーの開脚前屈講座
ロルフィングを受けた
なんでぇ~こん~なぁにぃ かわいいのぉ~かぁ~よぅ~♪ああ、甥っ子は今日もかわいい。昨日もかわいかった。
上記のテーマ曲を口ずさみながら、昨日はロルフィング6回目のセッションに出かけた。
お天気もよく、甥っ子もかわいく、あまりにも気分が良かったので
ついつい吉祥寺でお買い物、しかも大物♪(大好きなコールハーンの靴)
小足だから靴はちっちゃいんだけど、値段が大物♪
体験にレポートが追いつけないまま、ロルフィングのセッションも、もう6回目。
折り返してしまった。寂しい。
書き始めると長くなるので、なかなか書けないんですよ・・・。そのうち書くからね。
そのうち書いたら前後してしまうが、昨日のセッション、かなり衝撃的。
ある意味これまでのセッションのハイライトだったので感動がフレッシュなうちに
書いてしまおう。
(ちなみに別の意味でのハイライトは2回目。私のセッションの進み具合は、通常に比べて
かなり遅めです。)
昨日のセッションは、体の背面にフォーカスしたセッション。
背面や腕のリリースはもちろんすごい気持ちいい。
ある瞬間、ふわっと体の中がほどけて「ああ、いままでそこに緊張があったんだなあ」
というのが感じられる。
が、それはもういつものことでして、孝太郎さんのセッションがすごいのは分かってる。
そして昨日、クライマックスはセッションの最後にやって来た。
いつも一通り終わった後、歩き方や呼吸、立ち方などをチェックするが、私はどうも
歩き方の癖があって毎回同じようなことを指摘される。
体の使い方のイメージは結構素直に入ってくるが、私が苦手なのは、どうやら
「リラックスして歩く」ということ。
前回も「歩くのが早すぎる」ということを指摘された。
「前に進むパワーを作り出そうとするあまり、体のコアを固めてしまっている」と。
この「前へ!前へ!」の姿勢は、いろんなものを受けるたびに浮かび上がってくる
私の課題である。なんでなのかなあ、と、前回のセッションのあともずっと考えていて
意識してゆっくり歩くようにしていたけど、「意識しないと」ゆっくり歩けないということにも
気付いてしまった。
私は、コアを、緩めたい。
そしてまた昨日も、同様なことを指摘された後、私は自分の背後の空間の認識が
大分欠けているようだという事が分かった。
目を閉じて、体の前後・左右の空間を感じてみる。
すると意識の向き方は前と後ろで8:2位。(左右は4:6位。)
そして
後ろ歩きが極端に怖かった!!そんなに怖いというのはちょっと変、と言われ「いや、誰だって後ろに歩くのは
怖いでしょう!」と言ったけど、確かにセッションルームは、ロルフィングの
セッションを受けるだけでなく、自らのセッションにも使っている場所だし、障害物なんて
無いの分かっているし、孝太郎さんが後ろ側で確実に安全な場所にリードしてくれながら
歩いても怖くて歩幅を広げられないのだった。
そんなことを話しているうちに、強烈に思い出したことがあった。
私は、大学生の頃、真昼間に背後から高校生男子(?だったと思うが)に抱きつかれた
ことがあって(しかもあざが出来るくらいの力で口をふさがれたのだ!)、まあ
痴漢ということになるが、逃げようともがいているうちに二人ともコケ、犯人の方が
驚いて逃げていったので被害としてはたいしたことなかったと言える。
しかしそれ以降、そのこと自体を「大したこと無かった」と思うようになっても、
後ろからの足音とか、後ろを人がついて歩いてくることがたまらずにいやになった。
もう、すっごい、いや。
で、その空間認識(perception、という言葉で指していたがこの解釈で合ってるのかな?)
の話に戻ると、やっぱりその体験が結構強烈に体にトラウマタイズされていて、
そのことが後ろの空間に対する意識を遮断しているのではないか、ということに思い至った。
思いつたその解釈を一気にしゃべってみた。
「後ろに人が立つのとかすっごいヤなんですよ!」と。
それに対するロルファー氏の返し。
「ゴルゴ13みたいですね(^-^)」
・・・。そのイノセントさは天性のものですね?
話の内容の緊張感に対して計算して発されたのだとしたら、かなり天才だと思う。
それからしばらく後ろ歩きの練習をしたり、、私のそのウィークポイントに
フォーカスしていろんな形でアプローチしていったらだんだんといい感じで
歩けるようになってきた。
目を閉じると、さっきまで8:2だった感覚が、6:4位までに復活してきている。
背後半球の感覚は、前面半球の感覚に比べてまだまだ立体的でないものの、後ろの空間
に対して大分距離感が出てきた。
そしてその、背後の世界を感じながら歩くと目線が上がって、体の中に「風が通るように」
ゆるみが出るのが分かった。
どうやら、背後の感覚がうすいと、前面の空間に対して「進行方向」ということを
強く感じるようで、「前へ進め!」ってガンガン歩いてしまうような気がした。
背後の空間を意識すると、前後の感覚が安定して必要以上に駆動にパワーを
使わずとも前進できるみたいだ。
もちろんその前に手技でたっぷり背面に働きかけているので、それだけで「皮膚感覚」は
すごく取り戻されていたのだろうけれども。
なんと説明したらいいのだろうか。
孝太郎さんも、実際のところ、その私の体験のストーリーが、今の自分の体の状態の
根本原因になっているかと言うのは証明できる事ではないし、その真偽よりも
そのことを使って今の自分をより本来的な状態に向かわせることが出来れば、
そこに意味が発生する、というようなことを言っていたような気がするし、私も
全く同感だ。
真偽はともかく、なんとなくそのつながりについて検討すると「そうか」というような
腑に落ちる感じがあってスッキリする。
そしてそのスッキリ感は、では背面に意識を向けてみよう、という動機付けとして
大変強力に機能したので、今のところそれで十分だ。
ああ、歩くのが楽だ。
風が通る、体の中を。これが正しい「ユルミ」なのか。
「やみくもに弛緩している」ことと「正しくゆるんでいる」ことはぜんぜん違うのです。
ゆるみは「余裕」であり、軸をぽきっと折らずにフレキシブルにしておくためのゆとり、
なのです。はい、受け売りです。
ここまでですでに非常識な長さだが、こうなったら書くさ、最後まで力強く。
こうした途中のつっこみも、もはや恒例行事です!
空間に対する認識、ということがこれほどまでに意識と、さらに実体としての
感覚と動きを変化させるというのは驚きだ。
しかもその「認識」は、多分結果的に変化したのとは別の部分の「感覚の変化」
により引き起こされているように思える。
分かるのかな、こんな書き方で。分かる人だけ分かってください。
そもそもロルフィング自体が驚きの連続だが、この驚きは新しい。
そんなこんなで、セッションのあとは、クリパルヨガの瞑想のクラスへ。
これはねえ、いいのだよー。
10回シリーズで1回2時間のクラス中で、瞑想と、長めのシャバアサナを含んだ
緩やかな、しかしたっぷりと内側を味わうクリパルヨガを組み合わせるのだ。
そして昨日、「背後の空間」にちょっと意識を向けながらいつもと同じ瞑想をしたら
なんだかとってもとってもすごかった・・・。
まず自分の呼吸や、皮膚の感覚に意識を置いておくようにすると、日常の中で攪拌されていた
泥水が、水と土に分離されていくように、マインドが静まっていくのを感じるのは
いつもの通り。
そしていつもは、自分の体の前半球の、さらに床から上の部分の空間(1/4球)の静けさを
感じていたが、「後ろの距離感」を感じつつそれを見ていたら、まず自分の居るフロアの
感覚がどーーーーんと広がり、やがてその前後の距離感が四方八方に広がり、
まさに宇宙的な広がりの中にいる自分の体をものすごく「静かに」「しっかりと」
しかも同時に「空間ごと感じている」という体験をした。
そう、
「私の後ろにも世界はある」。
背後の感覚になにかしらトラウマタイズされたものがあり、そのために感覚を
遮断していたのだとすれば、そこに意識を向けることは私にとって本来「怖いこと」
のはずなのかもしれない。
しかし、
「私の後ろにも世界はある」、この感覚を、言語化してはっきり
自分の中に味わったときの、感動にも近い”安堵感”は文字でどう表現していいのか
分からないくらいの、強烈な体験だった。
背面の感覚に関しては、こうして書いていると次々に思い出すことがある。
ヴィパッサナに行った時も、体の表面の感覚を感じて行く時に、どうしても
「首から下に降りていけない」のを終始味わっていた。
アトピーが一番ひどかったとき、背中がもっとも激しく症状が出ていたので
ヴィパッサナではそのことと関連して一度感情のブレイクがあった。
そういえば、私の大きな転換点となったバリリトリートでソフィアのセッションを
受けたときも、最後に「何が見えるか」、と聞かれた時、こちら側に向けている
自分の背中がはっきりとイメージされたのだった。
話を戻そう。
なんかちょっと泣きそうかも、とその感覚に圧倒されながらも背中の感覚をゆるりと感じる。
かつて無いほどリアルに自分の背中と、自分のその他の部分とのつながりを感じる。
皮膚の感覚、温度、湿り具合、色、骨の動き、それを包む筋肉・・・。
呼吸が入る。
背中の方にも息が入って、肩甲骨はゆったりと左右に広がって空間を生み出す。
息を吐く。
鳥が翼を閉じるように静かにその空間が縮んでいく。
それを繰り返すうちに、だんだんと、その広い広い安定した空間に座っている自分を
「離れたところから静かに見ている」という感覚になった。
「私の後ろにも世界はある」。
そうか、私がいたのはここだったんだね?、という感覚。
なぜその感覚にこんなに感動してしまうのか、自分でも良く分からない。
えー、サイコセラピスト関係、もしくはそういった分野が得意なボディーワーク関係、
ヨガ、その他の関係の各氏、この症例に関して論文を提出してください。
まだうまく言葉にならず、いろんな解釈も着地してないから分かりにくい文章に
なってしまったが、とりあえず私の世界は倍になった、という感じなのだ。
体は宝の山だね。
▲ by yogini8_kazuha | 2006-04-21 01:11 | ロルフィング
ロルフィングを受け始めて以来、体の感覚に意識をむけることが多くなった。
2回目のセッション以降は、はっきり言って四六時中意識向けっぱなしと言って良い。
楽しすぎるからだ。
こんなにも誰もが変化するのかとロルファーに聞いたら、
「ぴんと来ない人もいるし
過剰に反応する人もいる」とのことで、うすうす感じていたが
私は後者だ。
過剰も過剰、ここに極まれり、である。
いつからこんなに体に意識を向けることが得意になったのだろうか?
ヨガを始めてからだの快適度が増してきてからだろうか?
自分が変わっていく感じを味わい始めてからだろうか?
違う、ということに今日気付いた。
昔から体に意識を向けていたんだ。
さまざまな感覚の中から不快感にフォーカスして、不快感だけ拾っていたのが
不健康時代。
これだけ感覚を拾うのが得意だと、実際の症状以上に不快度が高かったのだろう。
拾う→不快→よけい意識が向く→よけい拾う→ますます不快・・・
のドツボだったのはこのせいか。
けれど、これを繰り返すうちに体に意識を向ける訓練がさらにつまれていたに違いない!
そのおかげで今、ロルフィングにここまでエキサイトできるのではないの??
苦しみの中にも喜びの種はまかれていたのでアル。↑今私は大変良いことを言いましたよ。
ところでもう一個発見。
大腰筋から歩くことを心がけるとすごく楽に歩ける理由を分析した。
多分、歩くということのイメージが
足の付け根から下のコンパスの動き
↓
大腰筋からの振り子の動き
に変わったことで足の力がいい具合に抜け、踏み出すとき、今まで大腿筋の力でかかとを前に送っていたのが、振り子の様に前に移動した体重に足がついてくる感じで力を使わず
楽に前進できるからだ。
読んでる人に伝わるか知らないが、私はこれを発見し、たいへん満足であります。
あと、ロルフィングの手技で股関節回りのテンションをリリースしてもらったようで、
残した後ろ足の付け根に突っ張り感がまるでないから、ますます振り子っぽく足を運べる。
(2セッション目の報告はまた別途します。長すぎる!と言われたので短めを心がけます。
が、多分無理だろう。わはは。)
瞑想のメソッドには「体の感覚や呼吸に意識をむける」ものが多い。
(それによって今ここに実際あるものだけにフォーカスすることを訓練するのだと思う)
ということは最近私は瞑想しっぱなしということになるのか?とも思ったが
その感覚にいちいち興奮しているので、やっぱり瞑想じゃないのかも。
2セッションが終わっただけなのに、今から10セッション終わったときのことを考えて
寂しくなってしまっている私です。
完全に中毒ですな。
▲ by yogini8_kazuha | 2006-01-08 20:20 | ロルフィング
・・・いやー、まいっちゃったな、一回目だって言うのに・・・。
あんまり覚えてませんm(_)m
もちろんすごく良かったんですが、2回目のセッションがあんまりにも面白かったので記憶が上書きされました。インテル、入ってません。すまぬ。
ちなみに一回目は「呼吸」回りというテーマだったんだけど、なぜだかその時私は結構くたびれていて、セッションを受けながら自分の体の変化を観察するほど積極的にセッションに参加していなかったような気がする。
マグロ状態、つうんですか(笑)。
「あ、呼吸などいろいろ楽になりました」という結果だけしか受け取らなかったかも。
ロルフィングはこれじゃあもったいないんだよね。
体もやっぱり疲れていたみたいで、孝太郎さんはホールドする場所を変えるたびに
「あら」「あらら」と何かを次々発見してしまったようでかなり長いセッションとなった。
ああほんとに思い出せない。
ごめんなさい。
そうだ、この日一個だけすごく覚えていることがある。
呼吸回りと言うからには上半身だけやるのだと思っていたら、案外全身を満遍なく
調整してもらった。
その中でも、左下の腹部の部分と左股関節をかなり時間をかけてリリースしてくれていた。
お腹の辺りは、何だか気になるなあという感じで結構探求されていたみたい。
そういえば、初めて受けたクラニオのワークショップの先生も、私のお腹の同じ部分を
盛んに気にして「なんかあるんですよねー」と探っていた。
実は私は5年位前にちょっとした手術をしたことがあって、その時ちょうどその辺を
開腹したのだった。関係あるのかなあ?
それから左股関節に関しては、ほとんど手を当てられているだけのような印象だったんだけど、ワークされているうちになんだかクラニオのセッションを受けているときみたいに
半覚醒状態というような、瞑想状態と言うような、とにかく別の次元に行っちゃってる感じがした。
ロルフィングでもこういう感じになることがあるんですね、クラニオみたい、と伝えると
「うーん、これはロルフィングかどうか微妙」とのこと。クラニオって、頭と仙骨だけでなく全身に出来るワークだから、ちょっとそういうアプローチもあったのかも知れない。
もともと左股関節に関しては特に違和感を感じてなかったし、ワーク中も何かが
変わった感覚を受け取らなかったので、何が起こったんだろう・・・って感じで
セッションは終了。
完全に受身&なんとなくとろーんとした状態のままいきなりがばっと起き上がってしまったので、くらくら来ちゃった。
ひとりでくらくらしてたら、「あれ、いきなり起き上がっちゃったんですか」って孝太郎さんもびっくりしてた。
自分でもびっくりだ。
自分のするセッションのときは、ちゃんとクライアントさんに一度横向きになってもらって深呼吸をしてもらって、テーブルを手で押しながら息吐きながらゆっくり起きてもらってるのに~。
しかも、なんだか歩いても腰が置き去りになってるみたいになってちゃんと歩けなかった。
マッサージテーブルに一度戻って、起きるところをやり直ーし!
いろいろ微調整してもらい、今度はちゃんと手順を踏んで終了。
すごく体がスッキリした!と思ったけど、それを細かく観察するのもなんとなくめんどくさくってお礼を言って帰宅。
その後いろいろと体の変化に気付いた。
まずはじっくりやってもらった左股関節のあたりが非常に楽になっていた。
それまで左股関節に制限なんて感じたことはなかったけど、歩いてみたら
「こんなにスカスカになれるものなの?」と驚くくらい軽くなっていた。
具体的には右足を踏み出して左足を後ろで踏むときのソケイ部の突っ張り感がない。
ふうん。自覚のないところがこれだけフリーになるって言うのはすごいなあ。
10セッション終わったら私の体どうなるんだろう?!
あとは、階段を上るのがすごく楽。
前回歩き方を教えてもらったときみたいに、腿の力が要らなくなって、体重で
「上がって行ける」。
さらにその時背中がいつもよりまっすぐ(地面に垂直という意味ではない)な感じがした。
それから、寝る前にちょこっと瞑想をするためにロータスを組んだら、しっかりと床に着く二つの坐骨を感じた。
テーマであった呼吸に関しては、肺の周りの緊張がとけて呼吸が容易になったという
印象はある。
上半身のみっしり感が全然なくなって、スカスカに風通しが良くなったみたい。
あんまり覚えてないといいつつ、書いてたらその後の変化をいろいろ思い出してきた。
でもだからこそもっと積極的にセッション中の自分の体を味わっておきたかったなあと思う。
新春早々反省。
ま、終わっちゃったことなのでしょうがないか。
▲ by yogini8_kazuha | 2006-01-02 23:47 | ロルフィング
ずっと受けてみたいと思っていたロルフィングだが、基本的に10セッション受けることになるので時間的にも金銭的にも踏ん切りつかずにいた。
んが、孝太郎さんとの出会いにより「時は満ちた」、ということで10セッションを受けることに。
まずは10セッション前に交換セッションでお試しロルフィングセッションを受けた。
ボディーワーカの特権はボディーワーカー同士で交換セッションできることにある!わーい♪
前回のは、ロルフィングかなんか良く分からないものだったけど、今回はマッサージテーブルも使うしこちらも着替えるのでまぎれもなくロルフィングのセッションだ。
呼吸回りを中心に全身いろんなところをやってもらい、歩き方などを指導してもらった。
同じボディーワークでもロルファーってやっぱりかっこいいな。知的だ。
「ここがこうなんですけど」って言うと、「そうですか。では・・・」と次々に技を繰り出される。
あと、言葉をすごくたくさん持っている。
やっていることは多分筋肉を緩める、ということなのだろうと思うが「この手に重みを預ける様な感じで」とか「テーブルに沈むような感じで」とか「ここで息をするような感じで」とか、いろいろなイメージを使ってクライアントに体のある部分を意識化させたり、緩める感覚を思い出させたりしてくれる。
ほんとにメモ持参でセッション受けたいところだよ。
ロルファーのテクを盗め!
手技自体は、思っていたよりずっと優しくって繊細。ぐいぐい感はほとんどなかった。
時々、アプローチしている筋肉の端っこみたいなところに、痛みとまでは行かない、しびれるような感覚を感じることはあった。
ヨガとかボディーワークをやっていると身体感覚のバリエーションがすごく増えるでしょ?
「痛み」とか「不快感」という感覚でしか体の感覚を受け取らない人が多いと思うけど
体とコミュニケーションしだすと、その感覚がすごく細かくなる。
痛み、というひとくくりの中に「痺れる様な」とか「つっぱるような」とか「中から押されるような」
とか、もっともっと感覚のバリエーションが増えて、その結果、どっからが痛みなのか分からなくなってきた。
セッション中何度か「この感覚何なのか・・・」と微妙な顔をしていて、孝太郎さんに
「痛い?」と聞かれるんだけど、「うーんイタイのかなあ??」ってよく分からなくて困ってしまった。
日常生活の中でない感覚なので余計に説明が難しい。
おそらく全てのロルファーのアプローチがそうであるのではないだろうが、孝太郎さんのアプローチはクライアント自身が開くのを待つ、ロルファーはその感覚を理解させるために助ける、という印象だ。
やってもらいっぱなし、ではなくって自分もセッションに参加し、学習したと思える訳だ。
だから終わった後も体が変わった感じが続く。
この間の開脚前屈のとき同様に「緩むとはこういう感覚か・・・」ということをずっと
味わいながらのセッションだった。
いやー、気持ちいいのよ~♪
腕をホールドされているだけのように思っても、突然ある瞬間に背中の筋肉がふわーっと緩んで開いて呼吸が楽になったり、全然関係のない部分に意識がすーっと通ったりする。
ある筋肉がビジュアルで見えるようになるみたいな印象。
クリパルヨガで三浦先生が「意識することはその部分にエネルギーが流れること」と
おっしゃっていたが、どこかが緩むことでその部分にエネルギーが流れてそっちを
意識できるようになった、っていう感覚なのだろうか。実に興味深い!
面白かったのは、確か左手に何かワークされていた時。
私は肺周辺の感覚に注目していたんだけど、急に顔の奥の筋肉が緩んで鼻が通った。
私は鼻が詰りがちなので両方の鼻腔をスースーと空気が入る感覚は気持ちいいというよりは「新しい感覚」!
びっくりして孝太郎さんの方を向いて、でもなんと説明していいのか分からず「あ、鼻」と
言って固まっていたら、「うん、鼻ね」とどうやら何かが通じたらしい。すごいなロルファー・・・。
終わったら何が変わったと言えないくらいからだの感覚が違った。
(・・・といいつつ実はそのときの感覚すでに忘れて来てまして、てへ。楽だったことは覚えてるケド。)
あ、そうだ。あとは歩き方を教えてもらったんだ。
私は歩くとき腿の前面をすごく使って歩いてたのを指摘されて、大腰筋の付け根から歩くことと、ハートチャクラのあたりを前から引っ張られるようにイメージして歩くことをインプットしてもらったら、歩くのがすごく楽でびっくりしてしまった!
最初の数歩は、前につんのめるような気がして不安なんだけど、前進する力の代わりに
自分の体重を使えばよくなって腿の力が抜けるのが分かった。
あと、大腰筋を意識すると何故だか肩の力が抜ける。
今までも歩くことが大変だなんて思ってなかったけれど、この「新しいからだ」で「新しい歩き方」をすると、もうなんだかすいすいすい~、って歩けてしまう。
足で前に体を送る感じが消えて、自重で前進する体に、足は振り子のようについていく、というイメージになった。
その感じは今でも続いているし、忘れかけても「あ、大腰筋」と思った瞬間に"肩の力"と"体の前面の力"が抜けてすごくすごく楽になる。
楽になる感覚を覚えることで、それ以外の場面でも体の不要な緊張に気付きやすくなった。
読み返すと「楽になる」を連発してるな。そう、ロルフィングって受けるたびに楽になる!
いーなー。
私のセッションも、こうやって何かを持ち帰ってもらえているのだろうか。
ずっと体の感覚は続いているのだろうか。
どうしたら持ち帰ってもらえるのだろう。
思い出したらいつでもそこに戻ってこられるような深い流れの感覚を味わってもらえるような
セッションを、私もできるようになりたいな。
▲ by yogini8_kazuha | 2006-01-02 18:30 | ロルフィング
今吉祥寺でセッションルームをシェアさせていただいている扇谷孝太郎さんから
念願のロルフィングを受けている。
一回書き始めて中途半端に放置している間にお試しセッションと、10セッションのうち2セッション目までを受けました。
2セッションに関する報告の前に、
前回のエントリーには続きがあって、「股関節が硬いんですよ」なんていっていたら「そうなの。じゃあやってみて」と、開脚前屈講座に突入。
私の股関節の硬さってちょっと半端じゃない。ヨガ2年以上やってる人の股関節じゃあない。
開脚しての前屈で肘つかないですから。開脚の角度自体も100度ぐらいが限度かなあ・・・。
お恥ずかしいですがこんな感じなんですぅ・・・と、とりあえず開脚を見てもらうと
即座に「ここに力はいってるでしょ」と足の付け根のポイントを触れられた。
触れられて初めて「あ、ほんとだ力入ってますね」と気付く。
その時点まではその力は開脚してまっすぐ背中を立てているために必要な力と自分では思っているのだけど、「この力いらないから抜いてみて」と言われると、そういい終わらないうちにすっと力が抜ける。
それで「あ、要らない力だったんだ」と気付き、同時に、開脚して座っているのがとたんに楽になる。地面に落ち着くというのかな。
その後も「ここ力入ってるよ」→あ、ほんとだ→力抜く→楽になる→おお、要らない力だったのか・・・が何度か繰り返される。
すっかり地面に落ち着いたところで(それまでは足で床にしがみついているような感じだった)前屈の動きに移っていく。
さあこっからがすごいですよ!
ロルフィングって外から筋膜を伸ばすと言うイメージだったけど、ボディーイメージと体の使い方の「再教育」なんだということがはっきり分かった。
孝太郎さんが外から私に加えた力というのはほとんどなかった。
さまざまなイメージや言葉を使って、私の体の硬さが「構造的な(フィジカルな)限界」によるのではなく「自分のかけているロック」によって決められた限界なのだということを次々に明らかにしてくれのだ。
単に開脚前屈の深さと言っても、股関節の開き、腰の柔軟性という二つの組み合わせだけで表現される結果ではなかった。
「わき腹の柔軟性も関係あるんだよ」「まず右足の方に倒れてその時右わき腹を緩めて」
「そのままお腹が足の間に落ちるような感じで、そうそうそう」
「前に大きなボールがあってそれを両手で押すようにしてみて」「背骨の下に仙骨があって、背骨を揺らすとその動きが仙骨まで伝わるのをイメージして、そうそう」とかって繰り返すうちにぐんぐんと前屈が深くなっていく。
ちなみに、この「そうそうそう」、が効くんだよねえ♪はい、ほめられて育つ子です!
途中で「これ以上曲げるにはもっと足開いた方が楽だね」って言われて、「楽だねってったってこれが限度なんですよ」と思ったとたんすっと足を移動されてしまった。
あれ、難なく開きました。開いております。なんでだ?
結果的には、「これって私の体・・・?」って呆然としてしまうくらい深い前屈が出来るようになった。肘、完全についてますし。
この短い時間で分かったことは、柔軟性の欠如全てがそうなのかはよく分からないけど、少なくとも私の股関節に関しては、硬い=「何かが足りない」のではなくて
「手放せていない何かがある」ということが大きかったみたいだ。孝太郎さんのリードのほとんど全てが「何かを緩める」ことを意図していて、それが出来るたびに「あ、手放せた。楽になった」って思った。
筋が延びた、とかじゃなくて内側からふわっとほどける。
人生最大の前屈をしながら、その体勢ではちっともがんばりを感じていなくてむしろほっとしている。あー、やれやれ、って言ってしまいそうな位脱力しているのだ。
カラダってすごい、面白い!
そしてこういうことを通してたくさんのことを教えてくれる。
何かが足りない、何かが出来ない、っていう時、不足するものを探すのもひとつのアプローチだろうが、「何かを手放す」ことと引き換えに何かを得ることもある、ということだ。
私が今学ばなくてはいけないのはこのことのような気がする。
ロルフィングに先立って受けていた
ヨガセラピーの個人セッションからも、
のみ先生の生体解剖学の講座からも、全て同じメッセージを受け取っていたかもしれない。
思えば夏に行ったヴィパッサナから得たのも同様のメッセージだったな。
これ以降、ヨガやってても「要らない力」に気付きまくり。
歯磨きしてるときさえ無意味に前傾姿勢で腰ががんばっていることを発見してしまった。
いやはや、カラダって面白い!(2回目)
って書いてるうちに年が明けましたなー。
去年は人生最大のいい年だった!今年もいい年になります。
どうぞにょろしくお願いします。m(_)m
▲ by yogini8_kazuha | 2006-01-01 14:01 | ロルフィング
エサレンの方もそろそろ資格認定証が来るし、プロのボディーワーカーとしての仕事を
増やそうかなあと思っていた矢先、ヨガメイトが吉祥寺でロルフィングをやっている
方を紹介してくれた。
お会いしたところ、部屋をシェアするほかのボディーワークのプラクティショナーを探していらしたとの事でとんとん拍子に話が進み、今すでに吉祥寺で活動させていただいている。
(まだ認定証を受け取っていないので年内は細々と活動。HPも準備中。
なので、またきちんとお知らせしますが、興味のある方はご連絡ください。)
そしてさらにありがたいことにこのご縁のおかげで、以前から興味があったロルフィングを体験することが出来た!
ロルフィングって何?ということに関しては、部屋をシェアさせていただいている
扇谷孝太郎さんのサイトをご覧ください。
私のこれまでのロルフィングのイメージは、一言で言うと「筋膜伸ばし」。
整体などで骨をポキポキ直しても、筋肉やそれを包む筋膜の癖は残っているから
すぐにそれにひっぱられて元に戻ってしまいがち。そこで筋膜から調整して
まっすぐで重力に対して無理のない体にしましょう~、そしてぐいっと筋膜伸ばすから
ちょっと痛いかもよ~、
というくらいの認識であったことを告白します>扇谷さん、すまぬ。
だからロルフィングに興味があったといっても、その基本にあったのは
「治してもらえそう」という期待だった。
私はスーリヤナマスカーラで前屈していくときに、どうしても手が床につく直前に
一度左足に体重がぐっとかかって、その後右にぶれて最後修正して床に到着する、
というのが直らなくって、これってヨガでも治らないほど体が歪んでるんじゃ?と
思い続けていた。
左右差も依然としてあるし。
ロルフィングっていかにもそういった「歪み」系に
効きそう!でしょ?
そんな話や坐骨神経痛の話や、股関節が硬い話をセッションルームでしていたら
「どれどれじゃあ立ってみて」ってことになり期せずしてショートセッション(?)体験!
まずは、そもそもまっすぐ立っているときから必要のない力みが足にあることが分かった。
女の人には多いと思うが骨盤が前に傾いていて(おしりが出っ張る方向)、腿が内旋
し(骨盤が傾いておしりが出た状態で、ひざをつけてサマスティティヒしようとするとどうしても内旋する)、体重が足の裏の前の方に乗っていることを指摘された。
そう私は「ただ立つだけ」がとっても苦手。
ぐらぐらするのが気になってチャンティングにいつも集中できない。
ぐらぐらしていたのは「カラダが歪んでいるから」なのかと思ってたけど、それ以前にすごく不自然で不安定な立ち方をしていたということなのか?
そしてその正しい立ち方で立って見ると、あの、ヘッドスタンディングの時に感じる
「頭と腕に体重がぐっとかかって、いかにもこの上に足があってバランスとってるって感じ」
と同じ感じを味わう。
うーん、まっすぐってこういう感じなのか。
まっすぐじゃないと、きっとカラダの周りの筋肉ががんばって倒れないようにひっぱってるんだ。それじゃあ立ってるだけで疲れちゃうだろう。
のみ先生の「軸がないと鎧を作る」っていうお話ってこういうことでもあったんだ。
(ちがうかな?>のみ先生)
前屈についても、
「上半身があり、おしりがあって足があると思ってるだろうけどおしりって
筋肉のたるみなだけで構造としてはないの。だからここは足なんだよ。」と
「足の"骨の"付け根からが足」というイメージを入れてもらうだけで、前屈のしやすさが
ぜんぜん違う!
そうか、chama先生がよく足の付け根の辺りのラインに手を置いて
「ここから折りたたむんだよ」といいながら見せてくれたデモの意味は
こういうことだったのか!今分かったよchama先生!
さらに「前に下りるということにプラスして、骨盤が前に回転することで
骨盤底のお尻側の部分は上に上がるから、その回転を意識してみて」
といわれて前屈すると、なんなんだー!と叫びたくなるくらい楽に
前屈できる!
今までは「お腹を腿にひきつける」か「指先が、腰を中心とした円を描きながら下に降りていく」感覚だったのに、「(股の下ではなく)足の"骨の"付け根から足」と思っただけで、
前屈する時に「携帯電話を折りたたむ」感じで自分が折りたたまれるの。
(・・・こんな表現で何かが伝わるのだろうか・・・不安。しかもまた超大作の予感・・・)
「骨盤の回転」ということに関してもchama先生はおっしゃっていたと思うが、そこに「前は下がって後ろは上がる」という言葉でイメージを助けてもらうと、こんなにも体の動きが違うのだ。
「カラダに対するイメージと体の動きとの関係」と「そのイメージ作りを助けるちょっとした言葉のテクニック」、すごいものです。
ロルフィングって「体の使い方の再教育」であるともいわれるようだけれど、
ほんとうに「学習」なんだなあ。
何年もカラダに刷り込まれた動きや姿勢のパターンを手放すのに必要なものが
「外からの力」だけではなく「自分の意識を変える」ということだというのが
わたくしには大ヒット!
またやばい長さになってきていますが、ひとまずここでアップ。
これ何回シリーズになるんだろ?
▲ by yogini8_kazuha | 2005-12-08 16:17 | ロルフィング
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