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カテゴリ:2003バリリトリート

  • バリリトリート体験記
    [ 2006-07-17 18:18 ]
  • 第八章 ~ アシュタンガらしく8回で最終回 ~
    [ 2004-01-29 00:00 ]
  • 第七章 ~ まとめにはいります ~
    [ 2004-01-20 00:00 ]
  • 第六章   ~ 復活! ~ 
    [ 2004-01-13 00:00 ]
  • 第5章 ~ ソフィアのヒーリング ~
    [ 2004-01-05 00:00 ]
  • 第4章 ~ 毒だし全開! ~
    [ 2003-12-25 00:00 ]
  • 第三章 ~ 毒だし本格開始! ~
    [ 2003-12-19 00:00 ]
  • 第二章 ~ついにはじまります~
    [ 2003-12-17 00:00 ]
  • 第一章
    [ 2003-12-16 00:00 ]
  • 第一日目、の前に 
    [ 2003-12-15 00:00 ]

 

バリリトリート体験記

長年放置してましたが、ふと思い立って2003年のバリリトリート体験記をドリコムから
お引越させました。

今回のドイツのたびでいろいろ私も思うところあって、振り返ってみるとやっぱり
これまでの人生で一番インパクトがあり、すべての変化へのトリガーとなった体験だったなと思って。

2003バリリトリ-トのカテゴリでまとめてありますので、気が向いたらお読みくださいませ。

これを読んで一番感慨深いのは自分だったりする・・・。
すごいなわたし。
変わったんだわー。

※日付は、ドリコムに投稿した日付となっていますので、下から順番にお読みください。

by yogini8_kazuha | 2006-07-17 18:18 | 2003バリリトリート 

第八章 ~ アシュタンガらしく8回で最終回 ~

カードのメッセージがなぜそんなに心に響いてしまったのか・・・。
実は私はここ数年「人生を楽しめない症候群」(なんじゃそりゃ)であったのだ。
過去を紐解けばきりがないが、やはり自分に過度のプレッシャーをかける性格と、体調の悪さが最大の原因のように思う。
アトピーは、それ自体で死んだりする病気ではないものの、調子の悪い時は全身を絶え間なく
細かい針でつつかれ続けているような不快感があり、それだけで気分が滅入るものだったりする。
それで息を詰めてしまう癖がついてしまったのか、日常の感情のベースが「不機嫌」「不安定」みたいな時代が長く続いた。
夫と生活するようになって何が驚いたかって「なぜこの人はいつも機嫌がいいのか」「なぜ人生こんなに楽しそうなのか」ということに尽きる。
(まあそれ以外にも生活習慣の違いで驚くというかびびるというか、そういうことは数限りなくあったが・・・。)
自然に鼻歌が出る、ということが、起きている時間のほとんどすべてを楽しんでいるということが、私には大きな驚きだったのだ。
なぜ私はこうなれないのか??
どうしたらそうなれるのか??

タロットを受ける前日のクラスで、「体を硬くするのは頭だ」というようなお話があった。
いわく、人生における三大よくないことは「心配」「後悔」そして「怒り」。
特に怒りなんて、3倍になってブーメランのようにそれを発した本人に戻ってきて突き刺さるのだとか。
プレゼントのカードに書かれたメッセージを見ながら思い出したのは、まずはそのお話。
そしてタロットで見せられたコレまでの自分を表す一枚のカード。
それは、一段ごとに剣の置かれている階段を、そうと分かっていながら一歩一歩踏みしめながら登っていく若者のカードだった。
そして最後に思い出したのはソフィアのヒーリング中に聞いた「怒りを手放して」という言葉。
頭の中で点在していたこれらの出来事が、あのカードの言葉によってひとつにつながって私の中で
ひとつの大きなメッセージが出来上がったのだ。

そういえばコレまで散々友達や家族に言われていたっけ。
「あなたはすべてを正面から受け止めすぎる」「まじめすぎる」「完ぺき主義過ぎる」。

わかった。わかったよぅー。
「心配」「後悔」「怒り」。
これらすべてに100%正面からぶつかって、その跳ね返りも100%受けていたんだな。
剣の置かれた階段を一歩一歩踏みしめる若者のカードそのものの人生だ。そりゃ辛いわ。
特に「怒り」。
ソフィアに言われたときは「いやあ、私にはさっぱり思い当たりませんが」
とすっとぼけてしまったが「不機嫌」のベースは「怒り」だったことを帰ってきてから特に実感した。
主に自分に対する、自分の体に対する怒り、だったように思う。
なぜ私を開放してくれないのか、なぜ私の「快適」をいつもじゃまするのか。私の人生をどうするつもりなのか。
人にも自分にも高いものを求めてしまうゆえの怒りもあいまって、ほんとに「怒りの針でヤマアラシ状態」で日々をすごしていたのだ。
自分の辛さもさることながら、周りもえらい迷惑だったに違いない。申し訳ない。
「心配」「後悔」「怒り」。
これらにとらわれる人生をやめて人生を楽しみなさい。
このメッセージを受け取るためにバリに来たような気がしてならなかった。
だって帰ってきてからなんだかすっかり人生楽になっちゃったんだもの。
帰国後これらのことを複数の近しい人に熱く語ったのだが皆に一様に
「まったくそのとおり。そうじゃなきゃあなた人生辛いよってずっと言って来たじゃない。」
と言われた。
言われてました、確かに。
でもねでもね、「はいはい、分かりました」って言うのと、「本当に自分で分かる」って全然別のことだったってようやく分かったのよ。

運命、というものがあるのか私は知らない。
本当に何かが私をバリに連れて行ったのか、それももちろん分からない。
タロットがなぜあたるのか、ヒーリングって本当にあるのか、それだって分からないし
それらに対する態度はいまのところ「保留」のままだ。
でもここは理屈でなく、「自分はこう感じ、こう受け止めた」のだということを大事に
したいなと思うのだ。(ここ重要)

帰国後、すっかり気持ちは軽くなったもののあまり食欲がなく、お腹がゆるく、やたら眠い、
という状態が続いた。
少し経ってまた発熱したし。毒だし継続?

毒出しの成果は確かにあったようで、全身の皮膚感が、もうまるで行く前と違う。
白い。しっとりしている。友達に「発光している」といわれたくらいだ。
普段から私を観察する機会がある人にしかわからない変化だとは思うけれども・・・。
特に「足の裏」の皮膚にいたっては「激変!」と言える位。
帰ってきてから最初のクラスでロータスを組んだ時に気づいたのだが、触った瞬間驚いて
すっかりロータス忘れて足裏をなで続けてしまった。きもちいー、ぷにぷに~。
アトピーが治ったかというとそんなことはなくって、相変わらず時々悪化してしまうが
その奥にある皮膚が今までと違うことが分かる。底の浅い悪化、とでも言おうか。
そしてなにより悪化しても「コレで人生終わりじゃない」って思える。
正面からどーんと落ち込むこともあまりなくなった。イライラの度合いも桁違いになった。
気付けば鼻歌も歌うようになっちゃった、なんて単純な私。
私をこんなに単純に作ってくれた神様ありがとう。

私の好きな、作者不詳(というかいろいろな説があるらしい)祈りにこんな一節がある。

「求めたものはひとつとして与えられなかったが、願いはすべて聞き届けられた
心の中の、言い表せぬ祈りはすべてかなえられた」

私はyogaをやりたかっただけなのに。頭を変えようなんて思っていなかったのになあ。
yogaをはじめたのだってアトピーとかちょっと良くなるかな、って言うぐらいだったのに。
思えば体を悪くしていたのも自分の「頭(心)」、という面があったような。
体を変えようとしたら、それには頭を変えることだよ、と言う答えをもらったような感じだ。
それによって体どころか人生の色さえ変わってしまいそう。
体を変えたいという私の思い、その根底にあったのは人生を楽しみたい、と言う思いだったのかもしれない。
私自身さえ自覚していなかった、心の奥の「言い表せぬ祈り」を掬い取ってくれたものは何だろう。

昨日chama先生から買った「YOGAでシンプルビューティーライフ」 。
(これが千円以下とはなんてお得!と心底思える、そこらのyogaブーム便乗お手軽本とは
一線を画す充実した内容でお薦めなのだが、)その一ページ目にこんなことが書いてあった。

「ヨガの世界の扉を開けるということは
目に見えるもの、そして目に見えないものと対話し
心も体も柔軟にしていくこと
それは新しい美しさを手に入れようと動き始めること」

ヨガの世界の扉の向こう。
これからもどんな新しい出会いがあるのか、楽しみだ。
ありがとうyoga。


-バリリトリート報告終わり-

by yogini8_kazuha | 2004-01-29 00:00 | 2003バリリトリート 

第七章 ~ まとめにはいります ~

激動の6日間もいよいよ終わりに近づいた。
最後の朝食もおいしく頂き、あわただしく荷物をつめる。
これを広げた時は、とにかくyogaをがんばっていろいろマスターするぞ!と息巻いていたんだ。
まさかこんな出来事が待っていようとは思いもしなかったな、とちょっと感慨にふける。
それにしてものびちゃんの荷物、すごいことになってたなー。
その一部をなしていた「ホメオパシー」に大いに救われた私は、感謝を込めて荷詰めをお手伝い。

ホテルを出発するのは夜の7時だ。その前に、Ken先生とBasia先生が、近くのレストランで全員に
ご馳走してくれることになっている。
それまでの時間、なんだかんだと結局初日しか出来なかったお買い物の残りをするべく
のびちゃんと出かけることにする。
ロビーに行くとタロットのMさんが、相当不調なようでぐったりとした様子で座っている。
ここでも「ホメオパス」のびちゃんが大活躍で、適切なレメディーを選んであげていた。
昨晩も熱があるといっていたが、今は吐き気がひどいのだそうだ。気の毒でたまらない。

ホテルの清算を済ませ街に出て買い物。しかしあまりの日差しに、気付けば「あっちー・・・」しか
言わなくなっている。
かえるの置物を買おうと思っていたが、次第にどうにでもよくなりとにかくいったんホテルに帰ることに。
するとホテル入り口のレストランでふたたびMさんを発見。
あ、お食事って事は、良くなったのね?しかも、あ、あなた何食べてるんですかコレはっ?!
ボリュームたっぷりのステーキサンドお?!
・・・・・。ホメオパシーおそるべし。

そうこうしている内に夕食会の時間となり、会場となるレストランへ向かう。
小ぎれいなイタリアン&バリフードレストラン。
まずはKen先生たちからみんなへのプレゼントが配られる。
プレゼントは、一人一人へのメッセージが書かれたIYCのポストカードだ。
メッセージはBasia先生が一枚一枚書いた後シャッフルし、その後全員の名前を順番に書いていったそう。
だから、そのメッセージは誰宛になるか分からずに書かれたもの。
「でもそのひとにあったメッセージが行くはず」とはKen先生談。なるほどね。

カードが配られると、お互いに見せ合ったりしてあっちこっちで盛り上がっている。
向かいに座った静岡の男性のカードのメッセージは「毎朝練習しましょう♪」みたいなもので
ひそかに「あれじゃなくって良かった・・・」と胸をなでおろす。
口に出さずとも皆そう思っていたに違いない。ちゃんとやってますかね、彼。
隣に座った「全ては善き事」のほうのMさん(ややこしいな)は、カードを見つめたままじっと黙り込んでいる。
話しかけるのがはばかられるほどに。心の深くに響いている模様。
聞けば彼女へのメッセージは「いろいろなことを同時にしようとしすぎないこと」というようなことで、
彼女は実際、その時おかれていた状況を打開すべくいろいろなことにチャレンジしており、そのひとつとしてyogaもあったのだそうだ。
けれど彼女自身いろいろやりすぎてかえって混乱している、と感じていたのだとか。
「ちょっとyoga止めてみようと思う」。
ナニー、そう来たか。
Basia先生的には自分のメッセージが招いたこの結論はどうだったのか知る由もないが(笑)
きっと「善き事」なのだろうと思う。
いつかまたMさんに会えるのが楽しみだ。

そして私が受け取ったメッセージは・・・

ENJOY  YOUR  LIFE  AT  EVERY  MOMENT.

その時雷に打たれたように分かったのだ。
そうか、私はこのメッセージを受け取るためにバリに来たんだ。

カードを見つめる私の表情は、きっとMさんのそれと同じだったに違いない。

by yogini8_kazuha | 2004-01-20 00:00 | 2003バリリトリート 

第六章   ~ 復活! ~ 

ヒーリングのおかげかなんだか分からないけれどとにかく元気になった私。
早速外へ出るとタロット先生発見!駆け寄って嬉々として復活を報告する。
タロット先生のMさんは、自分のタロットの後から私が体調を崩してしまったことから
何か責任を感じられてしまっていた様子。申し訳ないことをしました。
私としては、変化への扉を開けてもらったことをむしろ感謝したい気持ちでいっぱい。
ありがとうMさん!

そのころみんなは何をしていたかというと、午後のクラスの真っ最中。
この日はプライマリーシリーズの後半に関するレクチャーが行われていた。
ソフィアに「今日はyogaはだめ」といわれてしまっていた私は、うずうずする気持ちを抑えて
ヨガマットは持参したものの後ろのほうで見学することに。
普段Basicのクラスしか出ていない私には「本の中の世界」のアサナを皆練習している。
うーん。始めたころより柔軟性は飛躍的に伸びたとはいえ、今の私にはハードルが高い
ものばかりだ。
特に股関節がまだまだ堅いので、開脚系のものが大の苦手。
らくらく出来ちゃっている人に羨望のまなざしを送りつつじっくり観察。いつか役に立つ日が来ることを願う。
そうそう、ロータスを組んでごろごろ転がるアサナ。ひそかに練習して面白がっていたんだけれど
全員がそれをやっていて、あっちこっちで起き上がれなくなっている光景はなかなかにシュールで、不謹慎と思いつつ結構うけてしまった。

夜にはダンスを見に出かけてしまうくらいすっかり元気100%となった私。
ダンスは途中でちょっと飽きてしまったけれど、「ダンサーの女性に送迎してもらう」という得がたい経験をした。
会場がホテルから少し離れていて、ワゴンで送迎してもらったのだけれど、道が混んでいて時間に間に合わなくなりそうだったので、「時間に間に合うの?」と聞いたら、「ダイジョブ、ワタシ、オドル」。
見ればダンス用のメイクと衣装ではないか。
なるほど、時間になっても彼女が到着しなければ始められないという事か。
ものすごいシステムだ。
帰りも「ワタシ、サンカイオドッタ。ツカレタネー」といいつつ笑顔のそのお姉さんに送ってもらった。
そして一日半ぶりの食事のメニューは「鳥の丸焼き」。急激に回復しすぎだろう。
しかもオーダーした「ノンアルコールカクテル」から微量のアルコールを検出してしまった私は
すっかりご機嫌となってしまった。
なにぶんハーゲンダッツの「ラムレーズン」で酔える安上がりな体質なもので。


その日の夜、すっかり慣れていたはずの「2階からの音」に突然おびえてしまい、一睡も出来ずに
朝を迎える。
なぜだろう?すべてに関して敏感になってしまっていたのだろうか。
音がするたびのびちゃんをおこしては「だいじょぶじゃない?」といってもらう。
ご迷惑おかけしました>のびちゃん。

そして迎えた最終日朝。最後のクラスはフルプライマリー。
生理も3日目を過ぎたので張り切ってパワー全開!祝復活のヨガ!気持ちいいー!
なんとなくどんよりとした空模様で始まったクラスだったが、途中で雨が降り出し、ついには「嵐」と呼べるほどの激しい天候に。
どうせ降るならこんくらい降ってくれ!という気持ちさえするくらいのあっぱれな荒天。
私はしとしと雨よりも雷がどかどかいっているような天気のほうが好きだ。極端を好む性格。
それでもクラスが終了に向かうに連れて、天候も回復に向かい、シャバアサナのころにはいつもの
輝く太陽と、あたたかな風。鳥のさえずり、甘いくだものの香り。
プラナいっぱいの空気を吸い込みながら、短い時間でのこの天気の変容と今回の私の旅を重ね合わせていた。
なにやら象徴的ではないか。
すべてを洗い流してくれる嵐だっただろうか。

ちなみに、クラスが始まったころ、また例の「すごい臭い」の汗をかいたが、終わるころそのにおいはなんと「プラスチック臭」に変わっていた。ロウが溶けたにおいといおうか、百円ショップのにおいといおうか。
面白がってくんくん嗅いでしまった。
何が出たのだろう・・・。薬か?食品添加物か。ちなみにプラスチックを食す習慣はない。

by yogini8_kazuha | 2004-01-13 00:00 | 2003バリリトリート 

第5章 ~ ソフィアのヒーリング ~

ソフィアが部屋に入ってきたとき、実はびびっていた。
だって人に聞く「ソフィアのヒーリングマッサージ」はなんだかすごいのだ。
痛くてずっと泣いてた、狂ったようにずっと笑ってた、踏まれた、口の中に手を入れられて舌をつかまれた・・・・などなど。
南国なので窓開けっ放しの近くのヴィラからは、マッサージを受けている人々の叫び声やら
笑い声が聞こえてくる。
しかし中には「別になんでもなかった」という人もいたりして、いったいなんなんだあーー!!
私はてっきり具合をよくしてくれるもんだと思っていたし、予約をねじ込んでいただいたそうなのでありがたくお受けすることにしただけなのに。
どうしよう。いまさら「やっぱり間に合ってます」とは言えないよなあ・・・。

そんな心配をよそに、通訳のRさんを伴って部屋に入ってきたソフィアは、ベットでぐだっとなっている私にちょっと苦笑しつつもとってもやさしそうな柔らかな微笑をたたえている。
そしてのびちゃんが使っているほうの大きいベットに横たわった私の枕元に座り開口一番「小さいころからの怒りがたまっているわね」。
え、怒り?ちいさいころ?・・・なにも思い出さず。
昨日からのことをかいつまんで話すと「それはtransformationだから心配ない。とてもいいことなのよ。すばらしい。きっかけをくれたタロットの先生に感謝しなきゃね。」
と喜んでおられる。
そして私が見た黒い影については「それはあなた自身の怒りだ」と。
体のあちこちを揉みつつも時折「ティーンのころの怒りがたまっている」などと、
どうやらとにかく私は「怒り」なんだな。
ちなみにソフィアのマッサージはいわゆる普通の「揉み」ではなく、体の中の何かを「探る」という感じだ。
「病み上がりなのでお手柔らかに」と引きつった笑顔でお願いしたおかげか、泣くほど痛いということはなかったが、
やはり場所によっては痛かったりくすぐったかったりでそのたびに「あいたたた」「うひひひひ」を繰り返す。
人によっては、押された場所によっていろいろな過去の体験を写真のようにありありと思い出したりとか、抑圧した感情が噴出したりするようだが
わたしはぼんやりと「怒りといえばあれだな」と思い起こす程度で、底から湧き上がってくる、
という感じとは違った。
(ただしその「思い当たる怒り経験」は現実の体験としては結構その当時の私にはシビアで、その心理的後遺症は長期にわたった物だった。)
よって、思い出すことはあっても「何も思い出しません」と白を切りとおす。
ところで、ソフィアは体のあちこちをもみながらさかんにあくびをしている。
あ!これ知ってる!何かで読んだことがあったのだ。
ヒーラーとか除霊師(?)とかが、被験者の体の悪いところをあくびやゲップなどで出すという話を。これがそうなのか!
何をとってくださっていたのかは分からないけれど、ひとつ興味深いことがあった。
始まる前、私の体に残っていた症状は「食欲不振」と「だるさ」。
熱は下がって元気は出ていたものの、内臓は何かを詰め込まれたように重くて、摂取できるのは
ラッシー止まりという状況。
そんな状況でソフィアがおなかを揉んでいると突然「がーっ!」というおかしな声を上げた。
通訳のRさんの説明によると
「腸に何かすごく悪いものがたまっていたのを、今ソフィアがゲップみたいので出してくれたの」
ふうん・・・と思っていると、とたんにお腹が空いてきた。
相変わらずあちこちを揉みつつ「いやな思いを全部吐き出すイメージで呼吸して」とやさしく語りかけるソフィアに、わたしは
「お腹空きました」「何も思い出さない」を繰り返していた。
すると突然「あなたのお友達のことを教えてちょうだい」。友達のこと??
聞かれるままに、私はある友達のことを話した。
彼女がどんなときどんな風に助けてくれたか、彼女とのつながり、彼女の家族のこと・・・。
いろいろ話しているうちに、私の思い当たる「怒り」と彼女が過去に抱えていたであろう「怒り」が
まったく同じものであることに気付いてついぽろっと「いや実は私も怒りといえば・・・」と
話してしまった。
それを聞いたソフィアは「もう過去のことは全部手放すように。怒りも悲しみも全部」。
「一番すばらしいのは愛。怒りはすべて宇宙に手放して、替わりにあなたの愛をすべてのひとたちに注いであげなさい」
と、静かな声でいうのだった。

その後いただいた解説によると、ソフィアのヒーリングとは
"今までなかなか向き合えなかった問題、痛み、自分では意識すらせずに中に溜め蓋
をしていた感情、それらが体、骨、そして細胞のひとつひとつに記憶されブロックと
なりエネルギーの流れを滞らせてしまうのです。そのひとつひとつを彼女が取り除い
てくれます。"
ね、なんだかわからないでしょ?(笑)
でも。しかし。
今となっては「そうそう実にそんな感じ」。
ソフィアの「全部手放して」を聞いて以降、なんだか体の中の(頭の中の?)つかえが取れたように
毎日がふわふわと楽ちん。そして帰ってきてからいろいろなシーンで「今までいかに怒っていたか」を痛感したのだった。(このあたりは次回以降でまた詳しく書きます)

とにかく「痛いのだけはいやだ」とおびえていた私だが、痛いどころが途中からすっかり
ふわーっと気持ちよくなってしまい、微笑が絶えず、という状況が最後までつづいた。
気持ちよさも、催眠にかかっているような「あの世的」なものではなく、現実的な、とにかく深い幸福感とリラックス。
最後のほうで「高い山に登ったところをイメージして」「何が見えるか」といわれたとき、
ふいに、アトピーがなおってつるんとした自分の背中がありありとイメージされた。

今思うとタロットで聞いたことがすべてにわたってやたら鮮明に記憶しているのに比べてこのあたりの記憶はあいまいだ。
催眠状態では断じてない、と思うのだが、かなりリラックスの境地だったのでお話も
集中して聞いていなかったのかもしれない。
ただ、ソフィアが語っているのを聞いているうちに気持ちよさが抑えられなくなって、にこーっと微笑みかけてしまったことはよく覚えている。
「今の私の笑顔、赤ちゃんみたいだっただろうな」と思ったことも。

終わってからもしばらく話さないでじっと休んでいてね、とベットに横たわったままの私を残して
静かにソフィアは帰っていった。

強くもまれたわけでもないのに、手足がびりびりとしびれている。
休んでね、といわれてもそのころにはもうお腹が空いてたまらなかったのと、とにかくうれしくて
うずうずしていたので、痺れが取れると早々に外に出た。
思いっきり深呼吸をして伸びをする。
ひゃー、きもちいいー!!

それにしても、と今になって思う。
なぜソフィアはあの時「友達のこと」を聞きたがったのだろう??

by yogini8_kazuha | 2004-01-05 00:00 | 2003バリリトリート 

第4章 ~ 毒だし全開! ~

私は確かに風邪などで熱を出しやすい。しかしそれにはパターンがあって
大体鼻の奥がひりひりして7度台半ばを行ったり来たり、がだらだらと続く。
(祖母が薬剤師で、子供のころから、風邪っぽいと母が抗生物質と消炎剤を
即効で導入していたという悪習慣のせいもあろう。)
がーっと高熱を出すというパターンはあまりなく、9度台の熱は2年半前に出たのが最後。

ちなみに、おととい高熱を出したとき、首の暑さやら体の状態から「ああ、バリのとき
こん位だったな」って時に熱を測ったら9度5分だった。
9度を超えているなというのは感じていたけれどこんなにあったのだろうか?!

のびちゃんが「どこを触っても熱いよー」と驚いている。
足腰がしびれるように痛いのは熱のせいなのか。これが「熱で関節が痛い」という感覚?
実は人生初体験だ。なかなかに辛いものである事を知る。

のびちゃんやタロットの先生が心配してくれて、ソフィアさん(=ヒーラーでBasia 先生のお母様、第2章参照のこと)に来てもらえるように頼んでくれたようだ。
ヒーラーって言うからにはこういう熱とかもちちんぷいぷいと下げてくれちゃったりするのだろうか。
ありがたい。早く来てくれ。
と思っていたら「ソフィアはもう今日かなりパワーを使ってしまって疲れているし、それはtransformationが起こっているのだから大丈夫だって」。
がくうぅん。
しばらく高熱に耐えるものの、最終日までもう一度もヨガできなかったら私は何しに来たんだ?!、
とMさんが持ってきてくれていた解熱剤(バファリン)をついに飲む。
かなり深夜のことだったと思う。
するとそれから朝まで全身から大発汗!喉が渇くのでようやくごくごくと水を飲む。
着ていたシャツはもちろん、枕からシーツまでぐっしょりぬれるほどの大量の汗。
そして特筆すべきはその臭い!まさに「激烈」。
自分の体からは一度もかいだことのない臭いで、例えようもないが「人間臭さの集大成」とでもいおうか。
さらに前日の朝のヨガ以来着替えていないので、そこにヨガの汗のにおいも混じっている。
混じっているというのは違うな。その2種類の臭いが別々に迫ってくるのだ。
(ちなみにヨガの汗って、普通の汗と臭い違いませんか?なんというんでしょう、アンモニア臭?)
以下延々と、このようなかなり生々しく汚らしい話が続きます。得意でない方は読み進まれませんように。すいません。
ヨガの汗はともかく、発熱後の汗の臭いはもうほんとに耐えられない!
熱よりそのにおいの中で朝まで寝続けることのほうがむしろ苦痛だった。
寝返りなんて打とうものなら、臭い分子が集団で攻撃を仕掛けてくる!って感じなのだ。ちなみに帰ってきてそのとき着ていたシャツを洗濯した際、出来心でちょっと「くんくん」
してしまって非常に後悔しました。「ぼえっ!」となりました。
しかしまあ、さすがはバファリン(?だけのせいではない気もするが)、朝には微熱程度に下がり、
なんだか爽快。くっっっさいけど。
でも当然のように朝のクラスはお休みで再びベットの中から未練たっぷりで視線を送る。
相変わらず食欲はない。
内臓全体が重苦しい感じで、この食欲の塊みたいな私が、何かを食べたいとまったく思わない。
今は「排出」に徹せよ、ということなのかな。
クラスが終わって朝食の時間となり、のびちゃんが朝食とジュースをデリバリーしてくれるが、
ジュースだけをありがたくいただく。あー、体にしみるぅー!生きてるぜ、って感じ。
午後にはソフィアのセッションをしてもらえるそうだ。皆さんお世話になります。
とりあえず臭くてたまらないので頭だけ洗おうとしたら
びしょぬれになってしまい結局シャワーを浴びることとなった。
9度台と思われる高熱でうなされていた時から10時間もたっていないというのに
やけに元気ではないか。
部屋のクリーニングも入ってもらいあの汗のにおいともおさらばさ、と思いきや
ちょっとでもじわっと汗ばむとまたその臭い。まあ、「何かが出ている」という
実感はある。
また、大変生々しい話で恐縮ですが、moon dayでしたのですが、そういう排出物も
汗同様ものすごく・・・(以下自粛)。
そしてとどめを刺すように「下痢」。
のびちゃんも羨むほどのあっぱれな排出っぷり!

その後も順調に回復。まだよろよろだけれどお庭をちょっと散歩。ホテルの従業員の方に
「Hi!How are you?」ときかれたので、力なく「Very well」と答えてみる。
再び喉が渇いたので、パイナップルラッシーを部屋まで持ってきてもらう。
う、うまいっ!こんなおいしいものがこの世にあったのか!(←回復の兆し)

寝たり起きたりしているとソフィアがやってきた。

by yogini8_kazuha | 2003-12-25 00:00 | 2003バリリトリート 

第三章 ~ 毒だし本格開始! ~

私の後はのびちゃんがリーディングを受けている。
気分が悪いのでベットにもぐりこみのびちゃんを待つ。
生理なのにヨガをやってしまったからなのか。はたまたおいしい朝食を調子に乗って
食べ過ぎてしまったからなのか。
少し横になっていれば良くなるだろうと思っていたが、胸がどんどんむかむかしてくる。
やっとの思いで着替えるが、もはや水を飲むのも困難な状態。
のびちゃんが帰ってきても、良くなる気配はなく一人で出かけてもらう。
熱も出て来てあの南国で毛布三枚かけても寒気が治まらない。
午後のクラスに出るどころではない。窓を開けると少し先生たちの姿が見える。
その日はスタンディングポーズやジャンプスルー、ジャンプバックについて丁寧に
レクチャーがあった模様だ。
未練たっぷりで朦朧としつつも視線を送る、ベットの中から。
熱のせいで鼻の奥がひりひりしたり、ひどい頭痛がしたりしたが、症状を告げるたびに
のびちゃんがホメオパシーのレメディーを選んで一粒くれる。
(ホメオパシーに関してはのびちゃんの過去のコラムをご参照ください)
甘くておいしい・・・とぼんやりしていると気付くと症状が消えていたりする。
あまりにも自然に消えるのでレメディーが効いたのかどうか分からないって思うのだが
今思うとやっぱり効いていた様な気がする。
ただし熱だけは下がらなかった。
一体何なのだろうか。これまでの自分の体調悪化にあまりないパターンだ。
熱だけ。喉も鼻も腫れないし、風邪っていう感じとも違う。
それよりなにより「食欲がない」というのは私にとって超非常事態!
どんなに熱があっても、インフルエンザでも、食欲だけは衰えることがない私なのに・・・。

そして、朦朧とする中、なんか変なものをみてしまった。
ベットの頭の辺りに、黒い人影のようなもの・・・って書くとすごい怖い感じがするけれど
ぜんぜん怖くないのよ。
妙に輪郭がくっきりした上半身で、よくトイレの入り口についている男性のマーク、
みたいな感じ。もしくはMrピッチ。
見たって言うか、気配を感じたって言うか、頭の中で見たって言うか。
まあ夢だったのかもしれない。
のびちゃんに「こんなのが来たよ」といったらすごいびびっていたけど、
私はぜんぜん怖くなかった。これまでの人生でそういうもの見たことなかったんだけれど。

夕方、タロットの先生と、上の階のMさん(ふたりともMさんだ)が様子を見に来てくれる。
なんかバリはいろいろいるからねー、というような話が普通のことのように語られ、
窓を開けてお香とかロウソクたくといいよ、とお香をたいて行ってくれた。
ありがたいなあ、と涙にむせつつのびちゃんはエステに行っているので一人でまた部屋にいると
いきなり私の頭のところにある電気だけがあやしくついたり消えたりし出した。
なんだよ、さすがに気味悪いじゃないか。
思わず帰ったばかりのMさんに電話するとすぐに来てくれた。
そのころ私も少し小康状態でMさんといろいろお話をする。
こっちに来ていきなり生理になるし、熱も出たりするし、なんか見たり聞いたりしちゃうし、
何かが変わるときなんだねえ、と。
準備されたことから順番に起こるんだから。「すべては、よき事。」

今、この瞬間日本のこの空気の中で聞いてもしっくりこないけれど、あの時
あの場所で、あの状況で聞くと非常にぐっと来てしまうせりふで、この旅で
受け取った大きなメッセージのひとつだった。Mさんありがとう!

そうこうしているうちに、のびちゃんがおやつを持って帰ってきてくれた。
でも私は相変わらず飲めず食えず・・・。そしてまたホメオパシーをくれた。
ありがたいなあ、ほんとに(涙)。
なぜこんなに日ごろの行いの悪い私にこんなにすばらしい人たちとの出会いが
用意されていたのか。

昼間のタロットで聞いた話も思い出して、これまでの人生まで振り返ってしまった。

そんなありがたい気持ちに満たされながらも熱はどんどん上がっていくのだった。

by yogini8_kazuha | 2003-12-19 00:00 | 2003バリリトリート 

第二章 ~ついにはじまります~

旅行前から今日来るか、今日来るか、と思い続けて結局こないままバリ行きの日を迎え
間の悪いことに、初日の午後のクラスが終わってからまんまとなってしまいました。
私のムーンデー。もーいやあああ。(しかしこれが後に大きな意味を持つことを知る)
2日目の朝のクラスの前にBasia先生に相談すると。
「大丈夫。大丈夫。出来るよ」といいつつ「ジャンプバックだめ、ジャンプスルーだめ、
ノームラバンダ、ノーウディアナバンダ」ってそれじゃあぜんぜん楽しくないよう。うわああん。
ヘッドスタンディング系も当然だめ。無理しちゃだめ。
もうがっっっっくし来てヨガマットに倒れていじけまくり。
「いじけ」の範例として辞書に載せられるくらい。
もしくは「我泣きぬれて蟹とたわむる」の図。
で、はじめてみたら、生理のときやったの初めてだったので分からなかったんですが
そんなにできるもんじゃないんですね。元気でないし。
ジャンプできなかったけど、いい空気のせいかそれなりに気持ちよく出来ました。

ところで。
出発前に送られてきたパンフレットには、今回の旅行でつけれらる二つの
オプションについてお知らせがありました。
ひとつは「ソフィアのヒーリングマッサージ」。ディープな浄化マッサージ、と書いてある。
オイルを使ったリンパマッサージの類かと思ったのと、ヒーリングという言葉に興味がなかったので
受けるつもりはありませんでした。

もうひとつは「参加者の仲のプロのタロットリーダーの方が空いた時間にリーディングをしてくださいます」というもので、15分2000円。
私は占いというものにまったく興味がなく、積極的に否定もしないものの
どっちかっていうと「なぜそんなものを信じられるのか」と冷ややかな視線を送っていた口。
それがなんでだか「日本にいたら絶対受けないし、2000円だし、15分で終わるから」と
やってみる気になってしまって予約を入れてしまったのでした。

そんなわけでその日の朝食後、人生で始めてお金を払ってやってもらう占いというのを
体験しました。
しかし、この期に及んでなお、「占ってもらおう」じゃなくって「話術を拝見しよう」
というような不遜な態度で実は臨んでいました。(Mさん=タロットの方、ほんとすいません)
占い師について私は「髪が茶色のソバージュでうっとおしいくらい長くって、色黒で
つめは長く伸ばして紫のマニキュア」みたいな実にステレオタイプなイメージしか
持っていなかったので、実際Mさんにあってかすかに驚く。
なんか、こじんまりとかわいらしくって「タロットやってます」というより「経理やってます」
といわれたほうがしっくり来るような感じ。

しかし、そんな余裕をぶちかましていられたのは始まって30秒だった。

こわい。こわいくらいあたっている。
自分の性格について。仕事について。仕事の現状について。自分の現状に対する解釈について。
いちいち細かくあたる。
私は、占いってきっと「ああ、ストレス溜まっていますね。人に気を使うタイプですね」
みたいに、誰でも当てはまってなおかつ突付かれるといろいろ話してしまうようなポイントを
うまくついて個人情報を当てている振りしつつ引き出すんだろう、なんてひねくれて考えていたのに。
いきなり「こつこつ調べるのが好きで、研究職が天職ですね」から始まってしまいました。
そう、研究職。
私は小学生のころからやりたい学問が決まっていて、それに向かって大学院までまっしぐらに生きてきた。
辛かったけど輝いていた研究生活。やっぱ続ければよかったのか。
ここですべてを詳しく書いていられないので割愛しますが、ほんとにすごすぎて途中から
気持ち悪くなってしまいました。胃がむかむかしてズボン緩めたりしたくらい。
ひとつ、一番気になっている健康問題について聞いてみたくだりのみここでかいつまんで書きます。
コラムでは辛気臭いのであまり詳しく書いていませんでしたが、実は私のアトピー、かなりひどいのです。
しかも変動の波が大きくて、調子のいいときは普通の人と変わらないのに、ひとたび悪化すると
痛くて横になることも出来ないくらい全身にどーっと出てしまいます。
そんなわけで仕事も現在休職中。
そんな状況を説明するまもなく「見てみましょうね」とカードを見ています。
まずは「過去」。内乱のカードがでました。「ほんとに苦労されましたね、いろんな
療法なども試してきましたね。」
確かに。試しまくりました。その一環としてヨガもあったのですよ。
そして「現在」。舟で岸に向かっているボートに、全身を頭まですっぽり毛布で包んで
背中を丸めている人。目の前にはボートのゆかに突き刺さった剣。
「治さなきゃいけない、という思いが非常に大きなストレスになっているみたいです。
岸に向かっていて、人からはいい感じじゃない?と見えるのに自分は目の前の剣しか目に入らずに
不安でいっぱいでおびえています」
そのカードの不安でいっぱいの人その人の背中があまりにも今の自分の心境に
ぴったりで、そのカードが出た時点ですでに涙ぐんでいました。
そして「未来」。
天使のカードが2枚出ました。
「理想的な治癒のプロセスですね。このままで大丈夫です。玉のような赤ちゃんも産めますよ」
やばい。涙腺の堤防決壊寸前。

冷静に考えれば、偶然天使の柄のカードが出ただけなのになぜそんなことで自分の
「治癒」なんてものが信じられるのか?
なぜそんな非科学的なものに心を預けられるのか?
と否定する考えしか浮かびません。
でも確かに(15分といいつつ結果的に一時間近くになってしまった)この時間の中で
さまざまなカードを見せられ、解釈を聞くうちに自分の心の中にある問題が浮き彫りになり
整理され、また「偶然出たカード」に大きく心動かされてしまったのです。
いいのか?理系ヨギニ。
激しく心動かされている自分、それを否定する自分、二つのアンビバレントな感情が
戦いながらもそのときの感覚は「感動」に近いものがあったことは事実。
ああやばいなあ、と思いながらすっかり気持ち悪くなって部屋に帰るなりダウン・・・。

そしてこのときから私のtransformationが始まったのでした。

*あーあ。やっぱり読み返しても「だいじょぶかこいつ?」っていうか、
単に生まれてはじめての占いにはまっちゃった子、としか読めないやあ。
難しいものですね、文章とは。
こうなることは予想できたんですが、今後の話に大きくかかわってくるのであえて書きました。

by yogini8_kazuha | 2003-12-17 00:00 | 2003バリリトリート 

第一章

life changing・・・などと書いて悦に入っていたら
「思わせぶりな前振りはいいから早く本文を書け!何を出したのだ!!」と
怒りのメールを頂戴しました。

しかし、あまりのも特殊すぎる体験でどう書いたらいいのか悩んでいるのですよ。

kazuhaどこへ行ってしまうんだ・・・と心配されそう。あいつははまりやすいからな、とか。

しかし、もうこの際ですから、毎日の楽しかった話はのびちゃんにお任せするとして、
いきなり核心部分からどんどん書こうと思います。

まずは初日のヨガクラスは、朝8時と午後1時半からの2回。
午後のクラスはスーリヤナマスカーラとシッティング系、ヘッドスタンディング系を
丁寧に教えてもらいすごく充実したクラス。
ジンバランのほうのお寺にフルムーンのセレモニーを見に行き、帰ってきて11時半から
フルムーンメディテーション。
部屋のキャンドルを持ち寄り、実に幻想的。
瞑想が途中で瞬間的に「睡眠」に変わってしまうのも致し方ないハードな一日でした。

そしてこの日に判明したことがひとつ。

到着した日の晩、私たちの部屋は1Fでして、2FはKen先生たちのお部屋だと
伺っていました。
それが12時過ぎてもどこからか飛び下りる音とか、ぱたぱた歩き回る音、
家具をがーがーひきずって動かす音がすごいんです。2時間くらい続いたでしょうか。
尋常じゃない音でしたが、「先生たち夜も練習してるのね。家具の位置もなんか
こだわりがあるのね・・・」と流しておりました。

しかし、2Fは先生たちではありませんでした。
しかも2Fの方々は12時くらいにはお休みになっていたそうです。
そういえば、ぎぎぎーっと引き戸を開ける音もしていました。
ないっつうの、引き戸なんか。
・・・・・。わかります?

バリは「神々の島」といいますが、神々以外にもいろんなものがいるようです。

ちなみに2Fも「スピリット」がいらしたそうです。
トントン、ってドアをたたいたそうですよ。
いらっしゃいませ。

by yogini8_kazuha | 2003-12-16 00:00 | 2003バリリトリート 

第一日目、の前に 

リトリート前の強化週間中、荻窪の、あるクラスの後の更衣室でのこと。

外国人の若い女性が日本人の友達に尋ねている。
「○○ちゃん、”life changing experience”って日本語でなんていうの?」
友達が答える。
「人生を変える経験、じゃない?」
「人生を変える経験だよ、でいいの?」
「人生変わるかもよ、でいいんじゃない?」

着替えている背中で聞くとはなしにそんな会話を聞きながら思っていた。
一体あの女性はどんな会話の文脈でその言葉を使うのだろうか。
人生を変える経験。
私の人生でその言葉を人に話したことがあっただろうか。
それきり深く考えることはなかったけれど、”life changing experience”という
その言葉だけはやけに生々しく、何日たっても私の中に残り続けた。


デンパサール空港を発った飛行機の中で、私は再びその言葉を思い出していた。
life changing experience
人生を変える経験
今回の経験を誰かに話すときに、私はこの言葉を使うのだろうな、と思った。

by yogini8_kazuha | 2003-12-15 00:00 | 2003バリリトリート